世の中、そんなもの (2003年4月25日:2)

 というわけで、昨年12月20日の調査課忘年会で「ホームページに名前を出して」と依頼をした清水通さん(依頼人)をピックアップ気味にバイトについて書きましょう。
 昨年の8月1日から経済産業研究所の研究協力者というバイトをやっています。経済産業研究所は経済産業省の経済産業省別館の11階にあります。バイトに来た日は、研究所まで上がって出勤簿に印鑑を押すのですが、バイト自体は研究所でやっているわけではなく、経済産業省本館の産業政策局 調査課に派遣されている形になっています。

 基本は週に3回で、修士論文がせっぱ詰まってきた11月、12月は週2回に減らし、1月上旬は休んだ反面、2月と3月は週あたり4or5日働きました。新学期が始まって、週あたり3回に戻しています。バイトのある日は大体、朝の10時前くらいに着いて、夕方6時を過ぎて仕事が一区切りしたところで帰ります。内閣府の勉強会等の私用で抜けるときは、抜けた分後ろに夜の9時頃まで働くこともあります。また作成物の締め切りが迫っているときも多少、残業したりしますが、基本的には1日に8時間くらいを目安に働くことにしています。
 この「しています」ってのは明確な勤務時間等が、契約に明記されているわけでもなく、厳密な雇用形態としては、研究協力謝金という日給の形で、時給アルバイトとは違うのです。研究所の方曰く、『相当のアウトプットが出たら、帰って良い。』ということなのですが、日によってはインプットしかしない日もありますし、午前中にアウトプットとよべるものができる日もあります。「そもそも、アウトプットって何ですか?」と聞きたくもなるのですが、聞いたら研究所の方も困りそうなので聞きません。「出来高払い」とか、「結果主義」とか「短時間で集中して、仕事をする」ってスローガンがあっても、仕事の量は分かりやすいけど、仕事の質って分かりにくいから、常識の範囲内でできるだけ働くっていうところに収束します。この常識の範囲が会社や個人で異なりますが、僕は8時前に夕食を家で食べるという常識を基本設定にしています。
 仕事の内容としては、アカデミックな論文を読んでまとめることから、単純なグラフや表、パワーポイント作りまで、いろいろです。たまに制度や経済理論や実証のアイディアを聞かれて答えることもあります。今まで作ったアウトプットを、このページにいくつか載せても良い気もするのですが、業務中に作ったものが誰に帰属するのかをはっきりと分かっていないので、保留しておきます。 

 調査課の中には、総括や調整をする人から調査や分析をする人まで、様々な仕事に携わっている人がいます。調査課の中でも様々な小グループが班として分かれていて、僕や清水通さん(設備担当)は、計量班という経済分析を主たる業務とする班に属しています。3月までは分からないことがあったら、正面の清水通さん(昨年度は正面の席)に聞くか、隣の女性に聞いていたのですが、隣の女性が沖縄に嫁いでしまったために、最近は清水通さん(いい人)に聞くことが、多くなりました。春はもともと異動の多い季節ですし、産業再生機構の設立に伴い、関連業務が産業政策局内にもできたために席替えがあり、配置がかわりました。計量班も仕事は一定量なのに人数が減り、僕も少しだけ仕事を引き継ぎました。

 異動して行ってしまう人もいれば、入ってくる人もいます。この4月に僕の左隣で清水通さん(4月から左斜め前の席)の正面に中部経済産業局から、女性が来て物価関係の担当になりました。4月11日(金)には、その方の歓迎会を近場の「つくね」っていう焼鳥屋さんで開きました。ちなみにこの「つくね」っていう店は、計量班を仕切るマスター(=主任のかっこいい呼び方だと思う) のお気に入りで文字通り、つくねがおいしい店です。マスターにもいろいろお世話になっているので、密かに宣伝しておきます。

[4月11日(金)]

 金曜日は5限まで授業があるので、歓迎会だけ合流しました。つくねでいろいろ話していると、中部局から来た女性から、
「本省では、朝に来た時と帰る時に挨拶しないものなんですね。」
という話になりました。

 僕も実はそのことが気になっていました。僕が10時前に来るともっと早くから来ている人もいて、夕方6時くらいの帰る時には、ようやく仕事時間の約3分の2という人もいます。遅く来て早く帰っているような気がするので、挨拶するのに気が引ける面があります。最初の頃は、班には分かるくらいには挨拶していたけど、だんだん挨拶をしなくなって、合図や会釈するくらいで帰るようになりました。僕以外でも、朝の9時頃に早めに来る人は、「おはようございます」って挨拶をする傾向があるけれど、9時半を過ぎてから来る人は、あんまり挨拶をしないように思います。

 それを聞いたマスターと清水通さん(ほろ酔い)は、
「よ〜し、どんどん挨拶していこう。大きい声で挨拶していこう。」
「朝来たときは、必ず『おはようございます』って課に響く声で。」
と盛り上がっていました。

その後には「おはようございますの挨拶」から、朝の出勤時刻の話になり、課長補佐(=マスターより役職が上で、計量班の総括に当たる人)から
「10時前に来て深夜まで仕事するよりも、朝の6時に来て早めに帰った方が能率が良いし、家内安全にもなるんですよ。」
という話になりました。

 実は、そのことも気になっていました。官庁に限らずサラリーマンは、忙しいときには深夜に終電で帰ったり、終電に乗り損ねてタクシーで帰ったりと危ない橋を渡ることが多くあります。しかし突発的に忙しいってことは稀で、多くの場合、出社時点から仕事が多いことは分かっています。それなら朝の6時頃に出社して、晩ご飯を家で食べられる位に帰った方が、精神的にも経済的にも周囲の人にも良いんじゃないかと思っていました。どうして全体で朝方に移行しないのだろうという風に思っていました。

 それを聞いたマスターと清水通さん(目が虚ろ)は、
「それじゃあ、朝方転換で早寝早起き、どんどん早く帰る。」
「計量班、結果主義!!。計量班から調査課を変えるんだ〜〜。」
と盛り上がっていました。

 もうすぐお開きというところで、マスターから、「うまい酒を飲め」という話になったので、
「僕はうまい酒でも安い酒でも、効用がほとんど変わんないので安い酒でいいです。」
と答えると、マスターから
「なんや、学生の分際で会計払ってええと思っとんのか。学生は全部タダやろ。社会人をなめとんのか。」
と言われました。会計はともかく、勧められた氷結酒をいただきました。そんなこんなで、歓迎会は終わりました。

[4月14日(月)]

 歓迎会で、朝方変換という話になったので、それまでの10時前出勤を早めて8時半ぐらいに調査課に着くように出勤しました。エレベータホールでちょうど課長補佐や中部局から来た女性と会い、普通に「おはようございます」と挨拶をしました。やはり体育会系でもなければ、響くような大きな声で挨拶するなんて無理です。ここはマスターと清水通さん(やってくれるはず)に期待をするしかありません。しかし9時半を過ぎても、マスターと清水通さん(朝方?)は来ません。これじゃあ、朝方じゃなくていつもの出勤時間になってしまいます。

(9時41分)

 大体、いつもの出勤時間に清水通さん(期待大)が来ました。きっと待たせていた分だけ、課に響くような大きな声で、
「おはようございます」
って言ってくれるに違いありません。

しかし、あろうことか無言で席に着こうとするので、こちらから「おはようございます」と挨拶をしました。すると、清水通さん(ついに来た)は

「おはようございます」

って小声で言いました。清水通さん(期待はずれ)は、皆の期待を裏切ったことも気が付かず、そのまま机に向かって仕事をし始めました。これでは、清水通さん(依頼人)をピックアップ気味に書こうにも書けません。

 残る希望はマスターだけです。きっとマスターのことだから、この閉塞感をうち破ってフロア全体に響くような声で、
おはようございます。

と言ってくれるに違いありません。朝方転換を豪語しておきながら、9時45分になっても来ないことが気になりますが、きっとヒーローは待たせるものだから、わざと遅らせているに違いありません。マスターが来るのを心待ちにしながら、仕事に手をつけました。

(9時52分)

ふと顔を上げると、いつの間にかマスターが来て、パソコンに向かっています。
気配すら・・・

 所詮、酒の席の言葉は信じてはならないのか?。『大きな声で、おはようございます』『朝方転換』の言葉は嘘だったのか〜と、社会の厳しさを痛感した事件でした。その日の夕方にマスターから[つくねのせいさん]というタイトルのメールが届いたことは言うまでもありません。僕は他の人の約半額だったし、払った方が気が楽で良いのですが。

 しかし、その日に分かったことは社会の厳しさ、酒の席の言葉のいい加減さだけではありませんでした。8時半くらいに出勤すれば8時間働いても、4時半くらいに霞ヶ関を出て5限に出席することが可能ということが分かりました。週に3回バイトをしているということは、大学には平日週2回しか行っていないということになり、本郷に行くよりも霞ヶ関に行く方が頻度が高いことになります。
 基礎がなっていない大学院生として、そりゃまずかろうとも思っていました。しかし授業の優先順位をつけると水曜と金曜に学校に行くので、月、火、木に出勤することになります。契約期間終了の7月末まで火曜5限と木曜5限のワークショップに必然的に出れないと思っていました。しかし朝方転換すれば、5限に出れるということに気がつきました。

[4月15日(火)]

 この日は、朝の8時過ぎに出勤して、夕方4時30分くらいに調査課を出ました。霞ヶ関の駅まで歩いて約5分、地下鉄で本郷三丁目に着くのに約15分、学校まで歩いて約5分で5限開始時の4時50分には少し遅れました。ただ4時20分くらいに調査課を出ると5限に出ることは可能です。もともとバイト時間は、かなり自分流だけど、こういう変更は許されるのだろうか?。派遣先の調査課では
「それじゃあ、朝方転換で早寝早起き、どんどん早く帰る。」
「計量班、結果主義!!。計量班から調査課を変えるんだ〜〜。」
に依存している気(・_・; )もしますが、派遣元の経済産業研究所のしらふの方から『相当のアウトプットが出たら、帰って良い。』って言われています。アウトプットの定義がよく分からないままに、インプットは同じor効率良くなるので大丈夫?と希望推測しました。というわけで、火曜5限の授業を履修登録してしまいました。

[4月17日(木)]

 課内の数人で昼食をとった後の帰り道、機会があったので清水通さん(15日も17日も挨拶の声が小さい)に
「大きい声で『おはようございます』じゃなかったんですか?」と聞いてみました。

すると、清水通さん(遠い目)は、
世の中、そんなものだよ。
とつぶやきました。

 清水通さん(世の中そんなもの)も、これまでの人生で、今回の僕と同じような裏切り、失望、不条理を乗り越えて強くなってきたに違いありません。清水通さん(多くを語らず)の目の前には、霞ヶ関の建物がそびえたっていました。

清水さん。名前を多く出しましたが、いかがだったでしょうか。
これで数ヶ月後には、[清水通さん]や[清水通さん(○○)]で検索エンジンからピンポイントにヒットするはずです。

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