雨の日の狩人(前編)(2002年9月28日:1)

 雨マーク雨が降る。雨マーク それでも、時が来れば征かねばならない。なぜなら、雨はピンチであるとともにチャンスでもあるのだから。なぜなら獲物が、強敵が、犬が、猫が私を待っているのだから。

 20時14分、雨の中、自転車に乗り、ダイエー川口店へと赴く。雨にも負けず、風にも負けず、ただひたすら自転車をこぐ。往路での犬はただ静かにたたずんでいる。
 20時18分、ダイエー川口店に到着。日中の賑やかさとは裏腹に閉店間際のダイエーは閑散としている。しかし人数が少ないとは言え、一人一人は昼間の烏合の衆とは格の違う玄人ばかりだ。特に雨の日に集う狩人は、晴れの日とは異なり、ほとんどが歴戦の強者ばかりだ。戦場は大きく分けて、肉類、寿司&刺身、惣菜の三ヵ所あるが、どこから戦闘が始まるかは日によって異なる。売れ残りが多い場合には、比較的早く開戦し、売れ残りが少なければ、開戦しない戦場もある。しかし雨の日、特に天気予報がはずれた雨の日、にわか雨の日は獲物も多く、早く開戦する可能性が高い。

 まず、為すべきことは戦場の下見である。闇雲に戦うのではなく、冷静に状況を見極める必要がある。どの戦場に獲物が多いか?どの戦場に強敵がいるか?この90秒の下見が戦果を大きく左右する。中には強敵が獲物を待ち伏せしている戦場もある。獲るべき獲物に狙いを定め、ただ静かに時を流れるのを待っている狩人もいれば、狩人同士で話をしている者もいる。しかし一見和やかな世間話に聞こえる狩人同士の会話は、互いに相手の隙を見いだそうとしている高度な心理戦であることが多い。狩人達の内心の気がかりは、だだ一つ。
喰うか?喰われるか?

 そして嵐の前の静けさのように、時間は流れる。
 20時21分、店員が獲物に半額シール100円シール等の値引きシールを持って、売り場に現れる。【値引きシールの特性および、お買い得度は補論参照】玄人達は瞬時に臨戦態勢を整える。店員が商品に値引きシールを貼ってから刹那の勝負になる。しかしその刹那の勝負以前に、勝敗は決している場合が多い。同一の商品に同一の値引きシールを貼るケースがほとんどであり、、どの商品がどれだけ値引きされるかのおおよその見当はつく。そのため値引きシールが貼られる前に、玄人はどの商品を獲るか決めている。一方、素人は値引きシールが貼られてから考える。その差はわずか数秒であるが、その数秒が絶望的な差となる。

 今夜の私の狙いの一つ、まぐろの刺身。整然と並ぶ同じ価格のまぐろの刺身の中で、他より一つ切り身が多い商品がある。店員が一気に半額シールを貼っていく右側を確保する。右利きの店員ならば、店員の左につけば、シールを貼ってから店員が半歩動くのを待たなくてはならない。そのため商品を手に取るまで、1秒以上かかってしまう。しかし右側につけば店員が商品にシールを貼ってから、次のシールを貼る間の0.5秒以内に商品を手にすることができる。

 素人は値引きシールが貼られてから、二つの獲物を両手にとって見比べるが、玄人はその数秒のうちに、もっともお買い得度が高い獲物を静かに、かつ確実に獲る。本来ならば、二つの獲物を両手にとって見比べることは邪道であるが、それも素人たる故、もはや語るまい。しかし、中には許すまじ素人も存在する。それは値引き前に、手に取ったり、かごに入れたりしたりした獲物を、後から、店員にシールを貼ってもらう素人である。これでは玄人が下見から狙いを定め、どれほど迅速かつ確実に獲ろうとしても、手も足も出なくなる。玄人の間ではすみやかな法整備が期待されている。

 今日も一人の見慣れない素人が、この掟破りの戦略で獲物を獲っていた。玄人達は、
それは、人の道を外れているぞ。と心の中で訴えかける。
しかし素人のおばさんは全く気にした様子もなく、一度かごに入れた獲物を取り出して、店員に値引きシールを貼ることを頼んでいる。玄人達の心の訴えは、(推定)4人の子供を養っている彼女に届くことはない。彼女も生かすため、生きるために必死なのだ。 

しかし惑わされてはならない。世の中は常に理不尽なものである。店員が素早く半額シール半額シールを貼っていく中、虎視眈々と目的のまぐろの刺身に半額シールが貼られるのを待つ。
(あと3つ、あと2つ、よし次だ)と思い、身構える。しかし、いざという時になって店員はなかなか目的の獲物にシールを貼らない。
(早く貼れ、何をもたついているんだ)と思っていても、店員はエプロンのポケットを探している。
(何をしているんだ、早く貼れ。他の玄人がまぐろの切り身が1つ多いことに気づくじゃないか)と思い焦る。

ようやく店員がエプロンのポケットから値引きシールを取り出して貼る。その刹那、もう既にまぐろの刺身は私の買い物かごに入っている。しかし、かごの中の獲物に貼ってあるシールを見た瞬間、私は愕然とする。

40%引きシール

なんで、10%高いのだ〜。

 しかし、私の心のツッコミは、一日の労働を終えようとしている店員に届くことはない。世の中は常に理不尽なものである。

雨の日の狩人(後編)(2002年9月28日:2)


【補論:値引きシールの特性および、お買い得度】

 半額シール40%引きシールの定率割引系シールは単純に考えるだけで良い。半額になるのだから、もともとグラム当たりで固定して価格付けしている商品は、グラム当たり半額になるだけで、全ての商品が半額になれば、商品間でグラム当たりの価格は、やはり一定を保つ。
値引き前単位当たり価格=a 重さ=w 割引率=d、値引き後単位当たり価格=pとすると

価格を重さで微分する。

であるから、値引き後単位価格のPは、もとの重さの影響を受けない。よって半額などの定率割引シールはグラム当たり価格は一定として、商品の質および、総量のみで最適な商品を選択すれば良い。

一方で100円シール80円シールといった定額販売や定額割引系シールは単純にはいかない。もし全ての商品が一定価格になるのだから、もともとのグラム数が多い商品を選ぶのがグラム単価として得策となるのは自明である。また一定額の割引ならば、もともとのグラム数が小さい商品を選ぶのが得になる。割引額をDとして数式で書けば、

一定額の割引についての数式となる。

 もとの重さであるwが大きい方が、値引き後の単位当たり価格は高くなるので、もとのwが小さい商品を選択するのがお買い得となる。
 しかし、物事はそこまで単純ではない。上の100円シールと80円シールがあるように、もとの値段、もとの重さによって値引き額が異なる場合が多い。つまり値引き額が重さの関数になっている。この場合、

一定額への割引、割引額は元の価格の関数

 もとのwの大小によるpの変化は一方向ではなく、どのpが極小になるかはDの関数形に依存し、一般形では一律に示すことができない。定額販売系もほぼ同様である。しかも値引きシールは数種しかなく、D(w)は屈曲していることになる。この場合、D(w)がどこで屈曲しているかの閾値を考える必要が出てくる。定額固定系、定額割引系シールは単位当たり価格も変化するため、単位当たり価格の変化も加味して、最適な商品選択をする必要がある。