これは2004年5月から2005年1月にかけて、ある男が挑んだ希望と失望の物語である。
かくかくしかじかで始まった「献血ルームトゥエルブポイント カード」の試練は、2005年1月にようやく一つの決着がついた。その決着がつくまでに約八ヶ月の月日を要したとはいえ「平成16年版の献血ルームトゥエルブポイント カード」の制覇にさほど手間取ったわけではない。2004年10月に人類史上最大の25ポイントを制覇していた。しかし、それは物語の序章にすぎなかったのである。編年体にて、その全貌を書き記す。
2004年5月4日(国民の休日)[3ポイント]
かくかくしかじかで「平成16年版の献血ルームトゥエルブポイント カード」の試練が始まる。
2004年5月25日(火)[4ポイント]
A賞獲得。成人男子は使えないが、キティちゃん携帯ストラップだそうだ。血液型毎に4つのパーツがつけ替え可能である。
2004年6月25日(金)
6月はもろもろの忙しさで献血ルームに行く機会を作ることができなかった。
清水さん送別会にて微酔いした清水通さん(めちゃめちゃいい人)に、献血手帳を見せると
と心が洗われるようなお叱りのお言葉をいただく。地道に献血にいくよう改心する。
2004年6月29日(火)[3ポイント]
地道に3ポイントを得る。
2004年7月21日(水)[3ポイント]
3ポイントを得て、O賞を獲得する。犬の首である。底にはCDが入るのである。
2004年8月5日(木)[4ポイント]
4ポイントを得る。
2004年8月19日(木)[3ポイント]
3ポイントを得て、 B賞を獲得する。謎の軟体生物バーバパパのハンドタオルセットである。
2004年8月23日(月)〜28日(土)
UTフォーラムにてスゥエーデンに行く。 平成16年8月から帰国して4週間以内は献血できないように決まっている。このため2004年9月は献血することができなかった。
2004年10月7日(木)[3ポイント]
3ポイントを得る。ついに累計23ポイントである。
2004年10月25日(月)[5ポイント]
この日、ようやく人類史上最大の25ポイントをとり、平成16年度トゥエルブポイント カードが全て埋まるはずであった。しかし、係の人に献血手帳を出して紹介してもらっていると
と言われる。それまでは成分献血は二週間に一回できるというルールのみを考えていれば良かったので、年間総回数のルールのことなどは考えていなかった。成分献血を一度してからはずっと
『血小板の成分献血でよろしいですか?』と聞かれていた。もちろん私はいつでも、
と答えていた。それがというものである。成分献血には二通りあり、血漿献血と血小板献血が存在する。成分献血は年間24カウント実行可能であるが、血漿献血は1カウント、血小板献血は2カウントを消費する。私は期せずしてずっと血小板献血を行っていた。看護婦さんの話では、血漿から作る血液製剤は凍結して1年持つが、血小板由来の薬は採血から3日しか保存がきかないのでナマモノのようなものである。また血小板採血の方が、採血基準が厳しいらしいので、できる人には血小板献血をやってもらうということであった。
故に、最後の最後で献血できなくなってしまった。平成16年度トゥエルブポイント カード制覇を前にして、2ヶ月以上も待たなくてはならないのかと思案に余っていたところ、係の方から、
「400ml献血ならできますけど、そちらでよろしいですか?」と尋ねられた。もちろん、私は
と答えた。
成分献血ばかりを1年近くしていので、全血は久しかった。成分献血が40分程度かかるのに比べて、全血献血は10分程度で終了する。成分献血に慣れたせいか、非常に短く感じた。平成16年度トゥエルブポイント カード最終回であったが、あっけなかったという印象であった。待合室に戻ってきて、しばらくすると係の方が、最後のAB賞と献血手帳を持って声をかけてきた。もらったAB賞は、竹久夢二の藍染トートバッグである。
やはり献血との関係は未知であるが、血染トートバックよりは良かっただろうと自分に言い聞かせる。『石鍋シェフ便利サーバー 5点セット』よりも安くなっている気もするが、もはや何も望むまい。続いて係の方から
「今回、400ml献血でしたので、次回は成分献血なら8週間後、全血献血なら12週間後以降になります。」と言われた。私は年間24カウントルールから8週間後に成分献血ができないことは分かっていたが、敢えてツッコむことをしなかった。私は人類史上最大の25ポイントを稼ぎ、平成16年度トゥエルブポイント カード制覇したのだ。私はその達成感の中にいた。
と答え、この半年に及ぶ試練の走馬燈の中にいた。しかし、続く係の方の言葉で一気に現実に引き戻されたのである。
「あと、これ2枚目のポイントカードです。」
それは二枚目の平成16年度トゥエルブポイント カードであった。左上に「No.2」と記入されている。
係の人はにこやかに新しいカードを渡してくれたが、私は声にならない叫びをあげていた。それは、ユーラシア大陸を横断してイギリスでゴールした直後に南北アメリカ大陸縦断を申し渡された猿岩石のような気分であった。しかし「No.2」と書かれているということは献血ルームの思惑通りということであろう。素人にはその存在すら知ることのできない選ばれた猛者だけが挑戦できる裏面に違いない。裏面が存在するならば、人類史上最大の25ポイントの景品が思ったよりもショボかったことにも合点がいく。裏面の景品は、グレードアップしている可能性がある。2004年中はもはや献血ができない状態にあるが、2005年の1月から、無駄もなく、献血計画を立てれば、ポイントの期限である2005年4月までに裏面のギリギリでAB賞にたどり着ける。こうして、私の「平成16年版の献血ルームトゥエルブポイント カード裏面」が始まったのである。
2005年1月13日(木)[3ポイント]
以前の400ml献血と合わせて、今回で裏面最初のA賞に到達できる。果たして一回目のA賞よりもグレードアップしているだろうか?
私は
『いいか。失望っていうのは想像との乖離だ。期待するから裏切られる。希望があるから失望する。グレードアップすると思っていれば、前と同じ景品だった時に失望する。初めから、前と同じと思いこんでいれば失望しない。』と自分自身に言い聞かせた。血小板の成分献血を終えた後、以前のA賞と同じと思いこみながら景品を待つ。係の人が持ってきたのは、
キティちゃんのピンバッチであった。その時、私の思ったことは
である。
グレードアップどころか、グレードダウンしている!!しかも使いようがない!!
少なくとも前以上の物を持ってくるだろうと考えていた私が甘かった。裏面にたどり着いた猛者の心理を読んだ巧妙な罠であった。もしかしたらA賞はグレードダウンしたが、AB賞はグレードアップしているだろうか?いや・・・もはや何も望むまい。